北斗晶に学ぶ

数年前に母をガンで亡くした。親孝行をしてこなかったことに心底後悔したし、今もしている。

自分ではないもののがんを罹患するという人の心の動きは理解しているし、本当に切ないものがある。医者から余命が長くなく、生還するチャンスがほぼ皆無であることを仄めかされるのを寄り添って聞くという経験は如何なるものだったかは語れない。

人の悩みや苦しみの多くが、人間との関係に起因するものだが、それ以外に二つある。病気と貧困だ。この3つが悩みと苦しみの要因だと考えている。

しかし、病気についても、やはり人間との関係というものにたどり着く。第一に自分との関係、第二に愛する者との関係。自分が死に直面するということは、自分との関係を保てない。だから、正気を失う。

愛する者との関係でいえば、残される者への心配などが押し寄せてくる。

乳がんを患った北斗晶の夫婦の会見で2つの衝撃を覚えた。

ひとつは、がんとの闘いに対する当事者を「私たち」と言ったではないか。妻の闘病をIではなくWeというのだ。悩み苦しみは一人でなく、分かち合うということ。分かち合いが支えてくれる、それを証明しているものではないのか。

二つ目は、そもそも生死がかかった恐怖や不安、これに比べれば、今、直面する問題が如何にちっぽけなものだろうか。若くしてある日突然に事故でなくなる、これに比べてなんとささいな悲しみではないのか。

だから、生きてるだけで丸儲けなのだ。

一人で悩み苦しむなら、分かち合える人を探すのが良い。分かち合う人がいなければ、ブログでもなんでも思いっきり吐き出せばよい。インフラやコミュニケーションが欲しい人は、落書きの掲示板でない場所が必要だと思って、ココを設置しています。使えるなら使ってみてください。

北斗晶さんをはじめとして、がん患者の方々が苦しみと恐怖から少しでも和らげられることを希望してやみません。

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