禍福は糾える縄の如し

辛いこと、悲しいこと、苦しいことなどが生じているとき、或いは、問題に直面したとき、それをどうやって乗り越えれば良いのか。

幸か不幸かという問題は、心のとらえ方次第だという。なるほど頭では分かる。

しかし、すぐに暗い気持が頭をもたげるし、そうそう気持ちを切り替えるのも簡単ではない。

でも、これだけは言える。幾つかの考え方というものがあるということだ。

例えば、自分の悩みや苦しみは客観的にはまだましだ、という見方もある。

そして、別の方法のひとつに、良くないと思えることを良いことの前触れと考えるのもある。人生、塞翁が馬だ。心のとらえ方、結局のところ、人間は起こった事象そのものではなく、その事象をどう評価するかで恐れや苦しみとするか、楽観的なものとするかを考える能力を持っている。

その能力は使えるかどうかだけということだ。

いきなり、心が弱っている状態で、その能力を発揮しろ、と言われても無理だろう。

その時に必要なのが、自分が権威を感じるもので信じられるものからの説得力だ。宗教があればそれでもいい(ただし、健全な宗教だが)、人であればそれでもいい。

一番いいのは自分を信じることだが、自分に自信を持てないから苦しんでいるわけで、その場合は自分の経験を思い出す、ということができる。

そうすると、良いことも悪いことも、当たり前だが交互に存在する。人間だから間違いを沢山おかして失敗もしている。しかし、その後に違うことが生じるのも事実なわけだ。

自分を信じる力が弱っているとき、他に頼るものがないとき、過去の経験を引っ張り出してみるというのも一つの手だ。

禍福は糾える縄の如し、と。

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