個と繋がり

大きな組織にいる人間ほど、個人では何もできないと思っているし、今もその考えはあまり変わらない。もちろん、人によるが、一般的な傾向として。

まるで、その組織が自分であるかのように考えている人間もいる。

逆に個人で頑張っている人、特に、個人事業主の方々などには、それがどのような生業であろうと尊敬を持つ。頼れる人間が自分しかおらず、ただ、自分でがんばらなければならないのだから。

しかし、組織にはメリットもある。個人ではできない問題の解決やエネルギーの増幅を実現する。そして、その中の人間関係がこじれても、物理的な孤独を味わうことはない。仲間はずれはあるかもしれないが、少なくとも、一日中誰とも話しをしないということも稀だろう。

サミュエル・スマイルズの自助論や福沢諭吉は自律の精神を説いている。それは、尤もなことだと思う。その個人を繋ぐ仕組みがあれば、なんと素晴らしいだろうかとも思う。

また、組織を繋がりと言い換えるなら、弱者を繋ぐ仕組みが欲しいと常々考えている。それを事業化することはできないのか、これをよく考える。

また、希望の舎さんだが、

結局は本人の生きる意欲が湧き立たない限り、どんな手段も無力である。僕たちは他者に対して、意欲を取り戻す手助けができるに過ぎない。人が人を救済する、という考えは傲慢なのである。

公的な制度や支援は人を救うための第一歩に過ぎないと謙虚に捉えなければならない。生活保護を受けさせて、あるいは就労支援をして事が足りるというわけではない。

人が人を救済するという傲慢な考えは捨てて、その本人の生きる意欲を呼び覚ますきっかけを作ることが支援や援助のキモだとする考え方が大切なのだ。・・・・

要は他者の抱える様々な問題、あるいは「心の闇」に対して、僕たちはあまりにも無力なのだと知ることが重要なのである。

その上で、他者と関わりあっていく。

「無力」が「微力」に変われば、先は見えてくる。

相手の心をどうにかすることはできない。ただただ、他社との関わりあいはループしていく。助けることで、助けられる。人の役に立とうとすることで、救われる。小さなことでも良い。無力だから、小さなことしかできない。ただ、そんな繋がりを作っていくことができないか、これに最大の関心を持っている今日この頃。

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