八方塞がりな老後社会に対し

テレビで下流老人というものの特集をしていたが、最近出版された新書で売れている本の題名だという。

今後、9割の老人が悲惨な下流老人として経済的困窮に直面する、という論だ。テレビの特集では、生活保護水準の老人が月々数万円で生活しなくてはならず借金も背負っている、という事例などを紹介するもの。

昨日のニュースを見ていてもそうだったのだが、批判するのはいいがマスコミには「で、どうするのが良い?」がなくてドラマチックな言葉を選びと感想を言うだけ。人を責めて終わり。

そういう報道は不安を煽るだけだからやめた方がいいんじゃないのかね。

それはそれとして、その論の真偽が本当なのかどうかは学者の話。別に今になって出てきた事例でもなかろうが、しかし、徐々に増えてきたし、これからも増えていくことは確かなのだろう。

何が言いたいのかというと、日本の社会構造が社会福祉を圧迫しているという問題があって、例えば医療費なんだが、特に問題なのは薬価と診療報酬。どちらも、既得権なのでバカ高い料金が健康保険を圧迫しているのに、社会保険が厳しい云々言うからいつまでたっても解決せずに租税を増やすということになる。ようは、既得権を守ることを前提とするから、増税ということになるわけだが、こんなものが山ほど我々の社会にはある。

これを変えるのは、かなり難しいし、総理大臣だってやりたくてもできないだろう。

だから、個人としてどうするか。解は見当たらない。

9割がもし本当だとしても、9割の人は自分だけではないということに着目したい。これを共同体としてしていく方法論はないものだろうか、と。個々人が開き直って、力を合わせて生きていくスキームというものはできないのだろうか。例えば、生協のように。

老人になってから自分で手をうつには現実問題として厳しい。だから、個人として今苦しんでいる人が自助で救われるということはかなり難しいだろう。個人ができることは、そうならないよう、或いは、そうなったときの事前のプランを作ることだけだろうな。

ピケティ教授の分析は衝撃的だったが、資産からの所得が労働からの所得より成長率が高くなる、ということは、格差は拡大し続けるという構造を持っている。最後は戦争や革命で解消されて、また格差の成長が開始する、ということが有史以来続いているそうだ。日本だって226事件や515事件の背景は同じものがあったわけで、戦後の農地改革で解消されたわけだから。そういう世相からすると、今は本当に危険な状態なのだろうとも思う。

生活保護(本当に苦しんでいる人)や貧困に苦しむ方々の食糧などを低廉で提供する小売り事業者は減税するか消費税納付を免除するというのはどうだろうかね。軽減税率なんかけち臭いこと言わずに。まあ、ジャストアイデアですが。

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