短気は極端な考えに陥りやすい

どうも、短気というのは良くないということが分かってきた。

短気というのはすぐに怒るということが短気なのではない。短気はすぐに答えを出そうとすることが短気なのであって、その答えや思い通りにならないので、結果として怒るだけにすぎない。だから、短気というのは、そんなに悪いことだとは思ってこなかった。ある意味で、非常にスピード感があり、目標達成意識が強いから行動力もある。

ある経営者の方が言っていたが、短気な人間はすぐに答えを出そうとするから、頭の回転が速くて仕事ができるだ。

短気な人間は食事をするのも一般的にいって早いと思う。なんでも、すぐに求めるクセがあるので、せっかちだから、なんでも早くないと落ち着かないということになる。

しかし、この短気という気性は、うまくいっていない時に非常にやっかいなものとなる。時間がかかる事柄や、客観的にはそれほど大した問題でないことに対し、自分の思う答えがすぐに出ないから、短期間で非常に悲観的になったり嘆いたりしかねない。

短気の人も気が長い人も、どちらが良いとか悪いの問題ではないのだが、それぞれが思考や行動にクセというものが出るのだが、長所と短所がある。

ただ、一般的に短気な人間というのは怒りっぽいと勘違いしたり強くて喧嘩っ早いイメージがあるものの、それは間違ってる。

ナイーヴであり、求める回答が出ないと精神的に追い詰められやすい。

鋼(ハガネ)よりも、柳のようなしなやかな方が耐性があって実は強いのだが性格も同じようなものだ。

ところが、なぜか、人間は歳をとると短気になっていくことが少なくない。答えを先に持っているからだ。

答えを求めないという生き方が本当は幸せなのかもしれない、そう思うことがある。いや、答えは求めたとしても、最初からその答えがあっては苦しくなることがある、ということかもしれない。

だから、答えや理由に拘ると本質的なものや客観的に自分を見つめるということができなくなる可能性があるのではないのか。

40代中盤でその程度のことがやっと分かってきたわけだが。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です