お金で買っているのではない

世界一貧しい大統領と言われているそうだが、決して貧しくなどない。貧しいとは何か、の考え方が間違っているからだ。

2、3週間前だろうか。日曜の夜に一杯やりながら、テレビを見ていたわけだが、ワイドショーのような司会者はあまり好きになれないが、見るものもなくて。

まず、〝目から鱗”、というより生きることとは何かいついて、腹に落ちるとはこのことだ。

何が凄いか。これが単なる宗教家や、学者や、評論家でなく現実を扱う政治家が語っていることだった。世界中で話題らしいが知らなかった。絵本までベストセラーだとか。。。

 幸せな人生を送るには重荷を背負ってはならないと思うんだ。長旅を始めるときと同じさ。長い旅に出るときに50キロのリュックを背負っていたら、たとえいろんなものが入っていても歩くことはできない。・・・

本当に日本人が幸せなのかは疑問なんだ。・・・幸せとはものを買うことだと勘違いしているからだよ。幸せは人間のように命あるものからしかもらえないんだ。ものは幸せにしてくれない。・・・無駄遣いしない。その方が時間が残ると思うから、もっと自由だからだよ。なぜ、自由か?あまり消費しないことで、大量に購入したものの支払いに追われ必死に仕事をする必要がないからさ。根本的な問題は君が何かを買うとき、お金で買っているわけではないということさ。そのお金を得るために使った「時間」で買っているんだよ。請求書やクレジットカードローンを払うために働く必要があるのならそれは自由ではないんだ。

〝足るを知る”ことが幸福になる出発点ということだ。目頭が熱くなったので、動画がないか探したらあったから、以下に掲載。見たら泣けてくるインタビューとしかいいようがない。

私は幸せには損益分岐点のようなものがあると思っている。ビジネスで使う用語だが、簡単に解説するとコスト(固定費と変動費)を売上が上回って利益が出る水準のことだが、だから、固定費を圧縮すると利益が出やすいんだが、つまり、幸せを感じられる水準が低いほど人は幸福を得られるし得られる量が大きくなる、ということ。

高校生のときに思いついた、私なりの幸せの方程式だ。

なぜ、高校生かというと経済的に貧しい人と裕福な人が喜ぶ対象や事象が異なっていたから。お金のない人は小さなことで喜べる。お金のある人は大きなことがないと喜びを感じられない。言い換えれば、経済的に貧しければ感謝することが多くなるし、逆は逆。

幸せとは〝なる”ものではなく、〝感じる”ものだと思うわけだが、であれば物理的な量でなく感じた量が幸せだと思うわけだ。だから、幸せとは心次第ということにもなるのだろう。

心に苦しみを抱えているなら、それは心持ちをかえれば自分で幸福になれるということなのでもあろう。

いずれにせよ、幸福とは客観的なモノサシでなはく、主観的なとらえ方で変わるということか。だから、「最悪の時も、そのことを積極的なこととして全て受け入れ、良いことが必ず隠れていることを悟るべし」ということかもしれない。健全な宗教なら、どこでも言っていることだが。

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