主な悩みや苦しみの正体とは何か。

大谷 徹奘さんという薬師寺の僧侶の方がいるらしい。

その方が書かれている「静思のすすめ」という書物に出会った。

先日、あるクリスチャンの方から〝静思”というものを教わったのだが、それが何か調べているときに出会った本だった。

そこで本質的な指摘を見つけた。

人間の苦しみの大きな原因の一つは、「人間関係」だということです。では、人間関係の苦しみは、どこから生まれるのか。
それは、「いい評価が欲しい」「他人によく思われたい」という気持ちからです。

病気や経済的困難など物理的なものを除けば、ほぼその全てが「人間関係」に起因することであることに気が付いた。

ステータスの高い人間という見栄も、存在感も、所得の高さも、全て維持したかったり手に入れたいものというものは、それがない時や失った時に苦しみに変わる。

カッコが悪い、友達が少ない、学歴、多くの欲求はコンプレックスと裏腹にある。自分に自信がないということも、自分との人間関係。

だから、〝あること”そのものが幸せでありながら、恐怖であり悩みや不安といった苦しみにかわる。

所詮、他人は人の生き死によりも、百倍も千倍も自分の腹痛の方に気持ちは奪われている。だから、人間関係でアピールするものに幸せの価値をおいてはならない、ということだろう。

ならば、それを〝捨てる”ということが幸せということなのだろうと、頭では理解しつつある。

その実践とは、〝今、あることに、如何に感謝できるのか”という落ち着いた姿勢だ。

静思をした瞬間は、確かに一歩、それが実践できた心持になる。しかし、時間が経つとまた元の心持に変わる。

静思を習慣的に実践しつづける、これが幸せに生きていくコツなのだろうか、ということに思いあたっている。

※「静思のすすめ」のリンクはアフィリエイトではありません。純粋に推奨しています。アマゾンのレビューでも救われたというコメントが多いので一読に値します。

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