友とは何か

前回はお坊さんの書籍を引用したが、聖書を紐解くと「敵でないものは味方」であるそうだ。

友だと思うことは極めて難しい。特に、社会人になってからの友とは難しい。利害が絡むからだ。

しかし、学生時代の友であっても、難しい。友というとき、それは何を指すのか。

力になってくれる人、頼りになる人だろうか。しかし、それを期待すると、叶えられなかったときに裏切られた気持ちを強くもつ。

友と思っている人間も人間だ。自分を犠牲にしてでも、付き合ってくれる人間は家族以外でそうそうにいるものだろうか。

もしいれば、それは幸福だと思うが、それは極めて少ない。そんな人間を作りたければ、まず、自分が自分の時間やその他の大事なものを犠牲にしてでも尽くしてから、初めてできるのだろう。

そして、それをしたところで、それでもなお、それを返してくれる人間はイエス・キリストでも10人のうち3人だったのだ(イエス・キリストは人間ではないが)。

自分にはいわゆる友は少ない。それが寂しいことがある。人望もあったのか、なかったのか、友達が少ないならなかったのかもしれない。

いいじゃないか、友がいなくても。人の役にたって、勝手に自分で喜んで満足できるなら、よしとすれば期待を裏切られることもない。そういう生き方をこれからしていくことにする。

自分に仇なす者でなければ、それでよしとしよう。

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