金持ちが不幸の始まり

金持ちで本当に幸福な人間を見たことがない。

唯一として、大金を稼ぐある大企業の社長がおっしゃっていたのを思い出す。「寄付をするとこの上なく気持ちが良く幸せになる。」のだそうだ。

その方はカトリックだった。

ビジネスマンとして経営者に沢山接してきたが、なぜ、かくも、清貧な経営者の方々が長く幸せで、お金にこだわる経営者が不幸に見えるのか、そして、本当に不幸なのか。

お金は幸せではない、と簡単に言うことはできるし、ステレオタイプ的なかっこよいセリフではある。しかし、経済的に苦しんでいる人が沢山いることも事実だ。

この歳にしてやっと、少しづつ分かってきた。やはり、お金は幸せを実現するものではない。お金の量は数字に過ぎない。

お札が欲しいのか、お札によって実現される何かが欲しいのか。お札そのものが欲しい人間はいないだろう、紙幣マニアを除けば。

お金を沢山持つということは、逆に不幸になる。いや、不幸のバロメーターといっていい。

お金はあっても、なくても、人間を振り回す。しかし、お金は使うものであって、使われるものじゃない。いつのまにか、使われている、つまり、お金を沢山持っているという価値観、高いものを沢山持っていることにステータスを感じる価値観そのものが、お金に振り回されているという本質だ。

お金がないと、生活に苦しみ、生きるために働くのでなく、働くために生きるようになる。

しかしだ。あってもなくても、この日本という国で明日の糧に貧して生死にかかわることがあるのだろうか。

生きてるだけで丸儲け、とは明石家さんまの名言だ。

このテーマは深く、広がるから、また今度深堀りする。

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